横浜地方裁判所 昭和32年(ヨ)4号 決定 1960年5月19日
申請人 新倉政次
被申請人 ジャパン・セントラル・エクスチェンジ
主文
申請人の申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
申請代理人は「被申請人が昭和三一年一一月五日申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。被申請人は申請人に対し昭和三一年一一月五日より本案判決確定に至るまで毎月一〇日に金二〇、三一九円を支払え。申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求め、その申請の理由は
一、被申請人は日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(以下単に行政協定という。)第一五条第一項(a)号の合衆国の軍当局が公認し且つ規制する歳出外資金による機関であり、申請人は昭和二二年五月一三日被申請人の前身であるアメリカン・セントラル・エクスチエンジに雇傭され昭和二三年八月一日以降被申請人に雇傭されて勤務していたものであるが昭和三一年一一月五日被申請人から保安上危険であるという理由で解雇の通告を受けた。
二、しかしながら右解雇の意思表示は次の理由により無効である。即ち昭和三〇年五月頃被申請人において作成し現に効力を有する従業員就業規則第一三二条は従業員が保安上危険であるとして解雇される場合につき「アメリカ合衆国の安全存立を保護する目的をもつて従業員が次の各号に定める基準に該当すると認めるに足る根拠のあるとき、一、サボタージユ(破壊行為)、スパイ行為、軍事情報保護規則の違反行為、またはこれを企図し準備すること。二、合衆国の安全を直接的に害するとみなされる政策を終始一貫して採用しまたは支持する現社会秩序転覆を企図する機関または団体の一員であること。
三、前第一号に関連する活動にたずさわる人または前第二号に関連する機関または団体の一員と常習的にまたは密接に交友し、合衆国の安全存立に対抗する行動をとるものとする結論が得られること。」と規定している。しかるに申請人は右解雇基準のいずれにも該当する事実がないにもかゝわらず前記解雇の意思表示を受けたものであるから、右意思表示は就業規則に違反してなされたものであつて無効である。
三、仮に右主張が理由なしとするも本件解雇の意思表示は申請人が正当な組合活動をしたことの故をもつて為されたものであつて不当労働行為として無効である。
即ち、申請人は全駐留軍労働組合JCE地区本部(以下労働組合という。)結成以来、同労働組合の組合員として常に積極的に組合活動を行い、昭和二九年九月一三日、同一四日の全駐留軍労働組合が全国的に展開した特別退職金八〇パーセント増額要求のストライキに際しては労働組合が組織した青年行動隊の一員としてJCE戸塚デポーのメインゲイトにおけるピケラインに参加して終始活溌に活動し被申請人側の注目を引いた。また昭和三一年五月三一日の労働組合定期大会においていわゆる職制の横暴と労働強化反対を決議してて、同時に各職場におけるその趣旨の日常闘争的実践が指令されていたところ同年八月中旬頃JCE戸塚デポーのマネジヤーである申請外川瀬が申請人等に対し「申請人等の班に属する井上は今日除草の方に向けることにした。従つて従来三人でやつていた仕事は二人でやれ」と命令したので申請人は右労働組合の決議の趣旨を体し組合活動として右命令は労働強化であるから撤回してくれと要求したことがある。
本件解雇は右の様な申請人が正当な組合活動をしたことに対し保安解雇に名を藉りてなされたものであつて不当労働行為として無効である。
四、仮にそうでないとしても本件解雇は解雇権の濫用であつて無効である。
即ち解雇は労働者の生計に甚大な打撃を与え生活に危険をもたらすものであるから解雇の事由は客観的に首肯さるべきものでなければならないところ、本件解雇は前述のとおり申請人の正当な組合活動に対してなされたものと解されかゝる事由をもつてする解雇は解雇権の濫用として無効である。仮に右組合活動の事実のみが本件解雇の事由でないとしても本件解雇は被申請人において労働組合の壊滅乃至弱体化を目的としてなされたものであつてかゝる不当な目的達成のための手段としてなされた解雇は解雇権の濫用として無効である。
五、依つて申請人は被申請人を相手方として本件解雇無効確認の訴訟を提起すべく準備中であるが申請人のごとく労働によつてのみ生計を維持しているものにとつては右訴訟の確定を待つていては償うことのできない損害を蒙るおそれがあるので右解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分並びに右本案判決確定に至るまで、申請人が解雇当時被申請人から受けていた賃金月二〇三一九円相当の金員を毎月一〇日限り支払いを求めるため本申請に及んだ次第である。
六、なお被申請人は日本の裁判権に服すべきものである。即ち被申請人は行政協定第一五条第一項(a)号の「合衆国の軍当局が公認し且つ規制する歳出外資金による機関」であつて、合衆国の軍当局自体ではなく、また行政協定第一〇条第二項に所謂合衆国軍隊の公認調達機関でもなく軍当局或いは合衆国から独立して商品の販売という軍務と全く関係のない業務を掌る権利能力なき社団である。仮に被申請人が合衆国の機関であるとしても行政協定前文及び同協定第一五条第四項の規定自体から、直傭労務者の権利は日本国の法令の保護の下にあり、その限りにおいて合衆国はわが国裁判権に服することを協定しかつ承認したものであるから、日本の裁判所は本訴請求につき裁判権を有するものである。
というにある。
よつてまず被申請人に対するわが国の裁判権の有無について按ずるに、当裁判所のなした調査嘱託に対する最高裁判所事務総局行政局長の回答書(同添付資料を含む)によれば被申請人ジヤパンセントラルエクスチエンジは行政協定第一五条に規定する合衆国軍当局の公認しかつ規制する歳出外資金機関に該当すると認められ、同機関は合衆国の陸軍規則(Army Regulation)及び空軍規則(Air Force Regulation)に準拠して設立され、同規則によれば「同機関は連邦政府機関であり且つ連邦憲法及び法令に基いて連邦政府の官庁及び機関に与えられるすべての免除及び特権を享有する。」旨規定されていること並びに被申請人と同じく歳出外機関の一つであるところの米軍ピー・エツクスにつき合衆国連邦最高裁判所はそれが「政府の職務遂行に不可欠のものと政府から認められているところの政府の手足(arms of the government)であると結論する。ピー・エツクスは陸軍省の不可離的一部分をなし陸軍省に付託された任務を遂行する責任を分担し憲法及び連邦法律により陸軍省が享受するすべての免除特権を保有する。」(同裁判所一九四二年六月一日判決、カリフオルニア・スタンダード・オイル会社対カリフオルニア州財務官事件)と判断していることが明らかである。されば被申請人も合衆国においては国家機関の一つとして承認されているものと認めるべきで、かゝる場合は特段の事情なき限りわが国においてもこれを合衆国の国家機関として取扱うことが相当である。申請代理人は被申請人が軍務と直接関係を有しない単に商品販売を営むにすぎないことを根拠として軍当局ないし合衆国から独立した権利能力なき社団であると主張するが右主張は採用できない。
しかして外国法上その国の国家機関であるものに対するわが国の裁判権は当該国がわが国の裁判権に服する場合にのみ認められるものと解すべく、民事訴訟に関し外国にわが国の裁判権が及ぶのは、外国が任意にわが国の裁判権に服することを承認しているものと認められる場合に限るものと解すべきである。そして外国の右の承認があるとするためには条約その他において一般的にまたは特定の事件についてわが国の裁判権に服する旨が明確に表明されているものと認められる場合に限るものというべきところ、本件についてはもとより一般的に、合衆国自体乃至その機関がわが国の裁判権に服する旨が明確に表明されているものと認めるに足る条約その他のとりきめがないものと考えられる。申請代理人は行政協定第一五条第四項に歳出外資金による機関に雇傭される日本人労務者について「賃金及び諸手当に関する条件の如き雇用及び労働の諸条件、労働者保護のための条件、並びに労働関係に関する労働者の権利は日本国の法令で定めるところによらなければならない」と規定のあることを根拠として申請人は日本の裁判所にその保護を求められるものと主張するようであるけれども右条項は雇傭関係についての実体的な権利義務について日本の法令に準拠してとりきめられなければならない旨を規定したに止まり、同条項から直ちに合衆国乃至その国家機関が日本の裁判権に服することを承認しているものと解することはできない。
以上のとおりであるから当裁判所は合衆国の国家機関と認められる被申請人に対し裁判権を有しないものと謂うべく本件申請はその余の判断をするまでもなく不適法であるからこれを却下することとし申請費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 大場茂行 新海順次 亀山継夫)